近年、地球温暖化や都市部のヒートアイランド現象の影響により、熱中症は単なる「夏バテ」ではなく「命に関わる環境災害」と再定義されています。かつては「日射病」や「熱射病」と呼び分けられていましたが、現在は暑さによって生じる体調障害の総称を「熱中症」と呼び、医療現場では発生要因ではなく症状の重症度によって分類されるようになっています。
この熱中症に対する認識は、東洋医学と西洋医学で大きく異なります。現象自体は同じ「環境の熱による悪影響」ですが、東洋では「体内エネルギーと病邪の調和崩壊」として、西洋では「脳や体温調節機能の故障という物理的メカニズム」として捉えられてきた歴史があります。
東洋医学では、暑さによる障害を古代より「暍(えつ)」や「中暑(ちゅうしょ)」と呼んできました。2世紀頃の医学書『傷寒論』や『金匱要略』には既に「暍」が独立した病態として記録されており、太陽光や猛暑によって体内の水分(津液)が奪われ、エネルギー(気)が消耗した状態であると記述されています。
病態は症状の深さによって区別されており、食欲不振などの軽度な状態を「傷暑(しょうしょ)」、意識障害などを伴う重篤な状態を「中暑(暍病)」と呼びます。治療においては「熱を冷ます」と同時に「失われた気と潤いを補う」ことが重視され、現在も熱中症対策に使われる「白虎加人参湯」や、胃腸を整えつつ水分を補う「清暑益気湯」といった処方が発達しました。
西洋における熱障害の認識は、軍隊の行軍や農作業中の「急死」の観察から始まりました。古代ギリシャのヒポクラテスらの時代には「四体液説」に基づき、強い日差しが脳を「沸騰」させると考えられていました。また、真夏の酷暑期がシリウスが昇る時期と重なることから、星の余熱が害をなすと信じられていた時代もありました。
18〜19世紀の帝国主義時代、熱帯植民地へ向かった兵士たちに「熱射病」が多発したことで研究が本格化します。当初は日光が頭蓋骨を透過して脳を加熱する「脳熱(Brain Fever)」と考えられました。19世紀後半になるとドイツを中心に近代医学が進み、直射日光による頭部の障害(日射病)と、高温多湿による全身の体温調節機能の崩壊(熱射病)が明確に区別されるようになりました。
東洋医学が暑さによる全体的なダメージを経験則から捉え、予防や心身の調和を重視したのに対し、西洋医学は高熱による臓器の物理的破壊に着目し、急速冷却や救急救命技術を発達させてきたと言えます。